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息子・娘たちへ
 ありがとうございました
父母会会長 山本 滋

 10月20日、花園予選決勝、前半終了0対0、この時点で夢が叶うのではと後半懸命に応援したが願いは届かず。しかし、高総体で認定トライを取られ、力負けした相手を最後まで苦しめた我がラグビー部、ラグビーマガジンのコメントに載っていた「後一歩届かなかった宮古。それでもこの試合にかける気迫はしっかり伝わってきた。」このようにみんなの努力はみごとな結果として表れたのではないでしょうか。花園へは行けなかったけど、あの試合で一つになり盛工の攻撃を止めた気迫はいつまでも私たちの心に残るものになりました。3年間ご苦労様でした。そして卒業おめでとう。これからの君たちの夢の実現に向けた努力を、また見守っていきたいと思います。素晴らしい試合をありがとう。
 さて、今年は数年ぶりにグランドが2回も冠水するという異常事態でしたが、父母会OB、河原の会等多くの方々のおかげで数日で使用可能としていただき、つくづく皆様の力によって宮高ラグビー部は支えられていることに感謝するわけですが、特に毎回の遠征等でバスの運転をしていただいている前川さん、坂下さん、いつも仕事を休んでの協力をいただきありがとうございました。また、子供達の生活態度の指導も含め、子供達が少しずつ変化していくのがよくわかりました。今後もよろしくお願い致します。
 最後になりますが、7月に入院の際は皆様にご心配をおかけし、また、父母会も堀内副会長、深澤口事務局長に多大なご負担をおかけしました。
 2年生、1年生、次は君たちが主役だ。
 花園へおじさん、おばさん達をつれてってくれ!


 宮高ラグビー部に感謝
父母会副会長 堀内 利雄

 宮高ラグビー部に入部したい一心で、中総体後を過ごし、念願かなって入学、入部出来た三男。昨日のように思われて来る。ラグビーの虜になるのもそう時間はかからなかった。
 学年が進むにつれ忘れかけていた勝負にこだわる自分を反省したり、遠征先に追っかけを始めたのもこの頃か。練習を土手から見るうちに生まれた合言葉「今日は何人」2〜3、5〜6人?怪我、体調不良により練習をリタイアしている子供達、心配になって来る。
 翌日リタイア組の何人か復帰して、痛さと戦い練習する姿、リタイア組みも怪我に応じた自主練習。試合の勝敗と違った感動を得た。
 昨年2月福島県いわき市での東北新人大会一試合だけの応援に片道7時間かけて行った事。秋田へは遠征と大会で4回、岩手選抜への追っかけ山形県酒田市での東北ミニ国体への応援。
 車中での会話の大半は花園への出場、実力プラスα、持って生まれた運からメンタル面まで好き勝手に話し込んでいる間に遠征先に着いたり、いろいろ熱くさせてくれた子供達に感謝。いよいよ花園予選準々決勝、準決勝順当に決勝へ進む、あのディフェンスの頑張り、残り時間を気にしながらいつか流れは宮高にと意地のトライもノーサイド。
 ロッカーでの子供達、昨年のキャプテン斉藤君の慰め大粒の涙、この悔し涙が近い将来嬉し涙に変わるものと信じる。それぞれ練習、遠征、大会を通じてドラマがあった。このドラマを演じてくれた先生方に感謝。花園予選準々決勝前のタックルダミーを使っての練習打ち上げ、檄を込めて、濱崎監督のキックの迫力、決勝前々日満月の下での練習打ち上げ、タックルダミーを使って子供たちの雄叫び、濱崎監督自らタックルダミーになって土ダルマになってくれた姿。ビデオを撮りながらめっつるをとめることが出来なかった。本当にありがとうございました。河原の会、OB会そして父母会の皆様と宮高ラグビー部を通じておつき合いさせて頂いた事大きな財産となりました。これからも宮高ラグビー部のファンとして土手に通いたいと思います。


 父母会引退にあたって
父母会事務局長 深澤口 均

 宮高ラグピー部父母会にお世話になってもう三年にもなり、引退の時期になるとは全く信じがたい気がします。一年生当時はラグビーのルールが全く解らず応援もままならない状態でしたが三年生になってようやくいくらかルールも理解できなんとか大きな声で応援出来るようになりました。
 公式試合はもちろんの事、練習試合や日々の河原グランドでの試合や練習風景を見ての、感動や悔しさ等は生涯忘れる事無く心に残ると思います。
 この間父母会のお陰様でたくさんの体験をする事が出来ました、宮高ラグビー部があまりにも多くの人達に支えられている事に驚きこれが「伝統」というものかと感心しました。
 またラグビーという競技の奥深さを少しは理解できるようになり、最近では大学や社会人の競技も見ることが出来るようになりました。
 そして、なによりも父母会を通じて多くの人達を知り、たくさんのことを学ぶ機会を得ました、今となって見れば、一瞬の出来事に感じられ「あと一年あったら」と淋しさを感じています。
 この間の経験は何物にも替えられない素晴らしいものであり、機会を与えてくれた子供はもちろんですが、先生方をはじめとした多くの人達に対し、引退するに当り心から感謝を申し上げたいと思います。
 本当に有難うございました。


 親バカだなー
父母会 豊間根 信

今、思い出しますと何年か前ある団体で私の先輩である盛合東彦さんが宮高PTAの会長をしていたときに一生懸命ラグビー部が全国大会の花園へ行くからと寄付集めをしておりました。そのときには頑張ってくださいねと他人事で話をしており、結構強いんだなあーというイメージだけでありましたが、まさか自分の息子がラグビー部に入ることになろうとは夢にも思っても見ませんでした。
私が高校の時にラグビー部で洞口君とか瀬川君という同級生の活躍を見ていて又社会人になってからの活躍もありラグビーというスポーツに憧れをもっていましたので、いざ高校受験を迎える歳になってきて宮高を受けるというときから、もし入学したらラグビー部にと言って説得しておりましたが、本人は文系のクラブに入りたいと固く言っており駄目かなとあきらめておりましたら、なぜか入部するということになり大変喜びでありました。また入部したは良いが3年問つとまるかなとか怪我などが心配でしたがなんとか卒業まで真っ当できメンバーのみんなのお陰と感謝しております。
自営業で時間が取れるようで中々時間的に余裕のない仕事をしており練習・試合等での応援もままなりませんでしたが父母会の皆さんのお陰で楽しく応援させて戴くことが出来ました。最後には子どもの応援と言いながらも親の楽しみで参加させて戴いたようなものですがラグビーって良いスポーツだなとつくづく感じさせられました。
新人戦で釜南にまさかの敗北そして苦渋の年を経て翌年釜南を破っての快進撃、惜しくも花園行きを逃した決勝戦どれも今でも昨日のことのように思い出します。特にも先回の花園行きをかけた試合の時には息子に調子はどうだと聞いた所、もしかすると行けるかも知れない?と言われ親ばかですね、盛岡から帰ってきてからでは間に合わないということで凱旋パレード用のPAを車に積んで、BGMには中島みゆきのプロジェクトXのテーマソングを子どもから指定され用意して準備万端で応援に行きました。(・・・笑)
年末年始は仕事は忙しい、でも何とかしていきたいものだと取らぬ狸の何とかみたいな甘い予定を立てながら応援に向かうのも今考えるとそれもいい想い出でした。
惜しくも花園には行けませんでしたが、子ども達みんなそれぞれが本当に頑張ったと思います。何物にも勝る、深く心に残る思い出を戴きました。
濱崎監督はじめ良き指導者・協力者の方々に恵まれそしてチームワークの素晴らしい父母会の皆さんのお陰で楽しく有意義な3年間を息子とともに過ごさせていただき本当に有難うございました。
最後にこども達が3年問で培った不撓不屈の精神を持って最後まであきらめず困難にチャレンジし良い結果を出せる事を祈念いたします。


 Go forward
父母会 軽井沢 保雄

 「光陰矢のごとし」とはよく言ったものです。宮古高校Rugby部父母会の一員としての3年間はまさにその諺そのものでした。
親と子の会話で3年間を手短に振り返ってみたいと思います。

<前半>キックオフ
平成12年4月7日 沿岸の雄宮古高校に晴れて入学と同時にRugby部に入部
(宮古弁で読んでいただければ・・)
:とりあえず友達さ声かけでぇ、いっぺぇRugby部さ入れろ。チーム内で競うようでねぇ〜ば強ぐなれねぇし花園さも行げねぇぞ。
:そんなごとぐれぇ言われねぇたって解ってる。簡単でねぇ
んだでば。

夏の菅平合宿(8月6日〜8月11日)
:おー、菅平の合宿どーだった。俺も行ったごどねぇどもさ。
:ビックリしたー。グランドいっぺぇあるし、やる相手やる相手強くてぇ。そんでもTryして廣瀬先生(現盛三)がらウグイスパンもらって食ったあ。

第35回新人戦(11月9日〜11月11日)
     3位決定戦も黒工に大敗
:さっぱり上手ぐやれねー(とふくれ面)
:最初がら上手ぐいぐ人いねんだあー。ひとつひとつ積みあげでいぐしかねぇんだ。

平成13年4月なんとか2年生になる

:なにして俺ァ背が伸びねんだーべ
:なんでもいっぺぇ食って、いっぺぇ寝で伸ばすしかねぇべ(親が小せぇがらなー。わがねぇがもしれねぇっては喋れねがった)
:そんでも伸びねぇ時は
:背がねー分、別な事でカバーするしかねぇべな。スタミナどがスピード。身体がちゃっこくても大っきい奴一発で倒す筋力つけっとがさ。

<ハーフタイム>

・妻のひょう変
妻は一度も私のRugbyの試合の応援に来たことはありません。でも息子の場合は違いました。早起きしておにぎりを作り「早ぐしとがん、試合さ遅れんが」とせかす。
グランドではルールそっちのけで「行げぇー、突っ込めー」「なにしてんだァ早ぐタックルさ行げぇー」です。隣で口をアングリ。

<後半> 

キャプテンになったことを人づてに聞いて
:おめぇキャプテンになったのが?
:ウン。まあ・・
:そうが。まあ頑張れ(宮高Rugby部も人材難?)

平成14年4月いよいよ勝負の3年生

第54回高校総体(6月6日〜6月10日)
決勝 宮高 19 − 34 盛工
残念な認定Tryをとられる前にレフリーに注意された内容について
:あん時レフリーになんて言われたんだ?
:「次は取りますよ」て言われだんだーども、何いってかよぐ解らねぇがった。
:どおいう事ですがって聞ぐのさ、チームの代表なんだーもの
:今さらそんな事言ったてぇ

第82回花園予選  準決勝(10月13日)

宮高 20 − 12 黒北
:よがった、よがった勝って。ハラハラしたったァ
:うん。やってでもすんげぇハラハラした。
:次が本当の勝負だ。皆を鼓舞して最高の状態でいげるように
せぇヨ。
:ウン。頑張るしかねぇ。

第82回花園予選  決勝(10月20日)

宮高 5 − 14 盛工
:ご苦労さん・・(後の言葉続かず)
:・・・・(無言の涙目)
イヤア花園に行がせたがった。行ぎたがった。残念!!!んでもよぐここまで頑張った。

<ノーサイド>

 卒業される皆さん3年間大変ご苦労さまでした。盛工との決勝はあと一歩及ばず残念でした。
 しかし、ひたむきに敢然と闘った貴方たちの姿はRugby関係者のみならず多くの皆さんに感動を与えました。自信を持って今後に臨んでください。
 これからそれぞれの人生の目標に向かって前に出るPlayerで突き進んでください。
 指導された濱崎監督、去石部長、鈴木先生、金丸先生、ありがとうございました。おかげさまでなんとか決勝まで進んだ子供たちの勇姿を見ることができました。
 父母会の皆さん、子供たちの花園出場という夢を共有しながらの父母会活動ご苦労様でした。新しい出会い、新しい発見があり有意義で楽しいものでした。今後ともよろしくお願いします。
 そして、これから花園を目指す現役の皆さんへ私が思っている「花園に行くためには」を記して終わりとします。
 花園に行きたいと強く思うこと。そして行くためにはどうすればいいかを考えること。そうすれば今、自分が何をしなければならないかが見えてきます。
 例えば、盛工の自分の対面と比較した場合、自分が何が優れ、何が劣るか分析する。そして、劣る部分をどう鍛えるか考える。考えたら実践する。
 相手より足が遅かったら、少しでも速くなるよう努力する。ポジショニングを考える。走るコースを考える。ビデオを見て相手の癖を頭に入れておく。食事を考える。等々。
 そして、今、この時間なにをするかを決める。
 それを、個人、個人がやりチーム全体に束ね大きなうねりを起こし花園への壁を突き破る。それこそが“臙脂の魂花園へ”だと思います。
 Go forward!!!花園へ


 ラグビーが少年を青年にした
父母会 中屋 史子

 あっという間の3年間が、またもや過ぎてしまいました。その3年間は間違い無く、子は子なりに、親は親なりに、一生懸命頑張った3年間でした。
 たまたま、子供がラグビーをした。そのお陰様で、たくさんの出会い、交流、感動を得られた3年間でした。
 子供達は、花園出場!!ベスト8!!の目標を持って必死に努力しました。けれど、その目標の達成は成りませんでした。悔しくて、悔しくて、残念で残念で、かわいそうでしかたがありませんでした。何回も何回もビデオを見て、負けた試合に、その度応援し涙してしまう親でした。
 「もっと、もっと努力すれば良かったー。特に2年生の時の気持ちが甘かった。」と反省し、『負けて悔いを残した』息子達。その涙の後に、さらなる目標が生まれた事を感じました。(当人より、悔しがってー。こっちの立場が・・・・・)ゴメン成長できない親で・・・。
 頑張った子供達に「ありがとう。」と言いたいです。それ以上に、御指導下さった濱崎先生、去石先生、鈴木先生、金丸先生、船越コーチ。応援、サポートして下さった、校長先生、佐々木勝広先生、定時制の佐々木先生、宮高教員OBの守屋先生、八木先生、廣瀬先生、宮古高校の先生方。
 坂下さん、前川さん、山内さん、小玉さん、工藤さん、歴代父母会長の方々、父母会OBの皆さん、河原の会の皆さん、OB会長やヤングマンさん、サーモンズさん、父母会の皆さん、宮高生の皆さん、同窓会の皆さん、ラグビー好きの方々、有難うございました。
 そして、一緒に汗や涙を流してくれた、先輩、後輩、マネージャー、そして、同級生!あ・り・が・と・う!!
 目標も、努力も、継続!
  目指せ、花園!  目指せ、万年青年!


 熱い思いをいつまでも
父母会 佐々木 妙子

 「なぁーんだ、秀の母ちゃん普通の母ちゃんだがっかぁー」。どんな母を想像していたのか今でも笑ってしまう。たぶん息子のこと、自然児のまま大いに突っ走っていると思われた。
 そしてラグビーとその仲間と出会いチームワークを知り、それを支える人達との出会い人の心のあたたかさを知った。息子は、ますます、ラグビーに没頭していったと思われる。
 いつも怪我が絶えなかったが、それはチームの皆が同じ事と思っていた。 が、何よりも試合前になると肝を冷やす様な事ばかりあった。「また秀かぁー。」、「それでも秀は来る」との言葉を聞きながら、皆に心配をかけながらも試合に熱い思いを思いっきりぶつける事が出来て、ほんとに良かった。
 事あるごとに、何も分からない私達も、ラグビーってすごい、伝統ってすごいと思わせられた。ラグビーグランドで、がんぱっている子供達もさることながら、それを見守る父母会、OB会、河原の会、地域の人々、指導者の方々の熱い思いがあることを知った。それがひとつになる時、宮高ラグビー部の力となり、伝統を引き継ぐ力となるんだと思い知らされた。たぶん、この熱い思いで過ごした日々を一生忘れることはないでしょう。今は、眩しくも輝いている写真の中のラガーマンを静かに眺めているところです。皆さん、ほんとにありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。


 ラストシーズン
父母会 佐々木 民男

 今年のシーズンもあっという間に過ぎた一年であった。我が家の高校での9年間が終了するシーズンでもあった。
 ご指導下さった先生方本当にありがとうございました。
 子供達のラストゲーム残念な結果に終わった。けれどゲームの内容には満足しています。
 子供達もこれから皆それぞれの道に進むわけだが、この三年間に培われた事は全部自分の財産になる事ばかりであるはずだ。これからの道に役立てて下さい。
 父母会に於いても子供達と共に笑い涙を流し一緒になったシーズンだった。
 感動とベストゲームをありがとう。

 
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