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■河原グランド 卒業生へのメッセージ
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宮古高等学校ラグビー部監督 濱崎 浩秋
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佐々木 清文
チームのムードメーカーとして貴重な存在であった。突然のセンターやフルバックも難なくこなす器用なプレーヤー。県民セブンス鬼ツメタックルで盛工から公式戦勝利を奪った。
豊間根 英
インターバルフィットネスではやや控えめであるが、食事の時間は大ハッスル。メシフィットネスNo.1の座は破られない。スピードに乗った時のクラッシュは強烈!時折見せる浴びせ倒しタックルがたまらない。
山口 泰成
1年生の東北大会からレギュラーとしてフル出場。高学年になるにつれ肩の怪我とも戦いながら3年間痛みを表に出さず踏ん張った。近い将来指導者として岩手に来て活躍してくれ!
軽井沢 達矢
決勝において盛工重量FWにゴールラインを割られながらも、そこから相手を担ぎ上げて押し戻したタックルはハーフとは思えない。キャプテンとして体を張ったプレーでチームを引っ張った。小さな巨人健在!
永田 幸大
疲労困憊の体にムチを打ち、最後まで練習に食らいついてきた。正確なスローイングが売り物。水沢戦で見せた“ブライアン''が決まっていた。3年間の努カの姿勢は後輩たちの良い手本だ。
中屋 裕甫
普段は笑顔でおとなしいが、いざグラウンドに出ると
チーム1熱い男に変身する。チーム最後の砦、ハード
タックルで幾つものチームのビンチを救った。釜石シ
ーウェイブスの切り札になれ!
山本 雄大
FLコンパート説もうわさされたが、縦に強いセンターに成長した。必殺タックルで相手センターのミゾオチを何度となくえぐり抜いた。決勝ではBK陣の先頭を切ってのタックルが印象的。
若狭 豊
人一倍たくましくなって復帰。チームNo.1のスタミナの持ち主。若狭につかれずドリンクは不要だ。八幡にてオレを背負って登り遂げるとは、たいした根性も持ち合わせている。一足早い社会人ヘゴー!
佐々木 秀樹
FW・BKともこなすマルチプレーヤー。そのスタミナと激しいアタックは敵にとってたいへんな脅威。いわきでの東北新人大会体調不良で試合当日合流・先発出場も何のその!トライを奪い野生児ぶりを発揮。
小野寺 葵
トリッキーなプレーが信条。体は小さいがスピードがあり?なぜかスルスル抜けていく。ゴールデンウィーク男鹿工戦での2トライは気分良好。マモちゃんの愛称でみんなから親しまれた。
佐々木 剛
膝の怪我に泣かされながらも、菅平遠征から精神的にも強くなり完全復活!トライゲッターの剛が帰ってきた。決勝では盛工プロップをタッチにはじき出したタックルも見事だった。
千代川 信輔
2〜3人引きずっての猛突進は迫力があった。随所で仕事のできる玄人好みのプレーが持ち味。東海大仰星戦でピールオフからのトライがきれいに決まった。そのひたむきな精神を忘れずに。
深澤口 超
“必殺仕事人・モールパイルのチョウ(超)”1度ボールにからまれたら最後、えじきとなりボールを献上するしか許されない。準決勝後半、とどめのトライにつながる縦突進は値千金物。
堀内 翔太
力強いアタックとタックルが光る。秋田工元監督に関東選抜に選べとまで言わせた強者。上(大学)で通用するもしないも自分の努カ次第だ。4年後は釜石シーウェイブスを目指せ。
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| ■回 想 |
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部長 去石 淳
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[新人戦]
黒北戦での逆転負けは、優勝を狙っていただけにショックが大きかった。しかし、気持ちを切り替え翌日の試合で奮起。東
北新人大会の出場権を獲得した。(結局黒北が優勝。悔しかった)
[東北新人戦]
練習試合がほとんどできないままに磐城へ。秋田中央に勝ち、三本木農には惜しくも負けてしまったが、U部3位という成果を上げた。(久しぶりの試合とは思えない好プレーが続出。このチームの底力を感じた)
[GW秋田遠征]
秋田の強豪に苦戦を強いられた。秋田のチームの試合にかける闘志を学ぶ。(最終日の男鹿戦は思い出深い。理想的な形で快勝。ナイスゲームだった)
[高総体]
盛工との決勝戦。盛工のモール攻撃に惜敗。これからやるべきことがはっきりと見えた大会だった。(前半の強風は何だったのだろう?後半追い上げたのだが・・・)
[東北大会]
1回戦で敗退。夜のミーティングでこの悔しさを決して忘れないよう誓った。(考査直後の大会だったことを敗戦の理由にはできない。一からの出直しであった)
[菅平遠征]
京都成章、桂、東海大仰星・・・。ラグビー有名校相手にも気後れはしていなかったはず。レベルアップできた。(気がつくと父母会の方がグランドに。私たちは本当に多くの方々に支えられている)
[夏休み明け〜花園予選準決勝]
この期間のみんなの成長には驚かされた。日に日に力強くなり、スキルも上達していた。黒北にはハラハラしながらもしっかりとリベンジを果たした。(「○○っていつからあんなにいいパス放るようになったっけ?」そんな会話がよく聞こえてきた)
[花園予選決勝]
3年生はあの日のことをどう思っているのだろう。やはり悔しさが多くを占めているのだろうか?思い返すともちろん悔しいが、みんなには感謝の気持ちでいっぱいである。あんなに胸の痛くなる、しびれる試合は経験したことがない。
[平成15年3月]
3年生のラグビー部のみんな卒業おめでとう。そして、ありがとう。これからのみんなの活躍を期待しています。
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| ■感謝の気持ちを込めて |
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コーチ 金丸 健
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今の3年生は、私が定時制に勤務した年に入学してきた生徒達です。
1年生の頃から、彼らは遠征に行けば1年生だけでアフターを行ったり、日々の練習でも誰に強制されるでもなく、夜遅くまで自主トレを出来る集団でした。
そのようなチームですので、大きく伸びたと思いますし、人間的にも大人だったように感じます。
また、私は3年間コーチという肩書きを頂いている?ものの、宮古高校ラグビー部に貢献できたのは、現実にはわずかだったように思います。
骨折、靭帯断裂等の怪我がありました。
昨年の怪我の時、私はプレーヤーを引退しようと思っていました。しかし、彼らの頑張りを見て、もう一年自分も頑張ろうと改めて思い直すことができました。釜石シーゥエイブスの一員として試合に出場できたのも、今の3年生の存在があってこそでした。
来年以降も、今年のチームが持っていた「自分を伸ばそう」という雰囲気が、濱崎先生がいなくても続いていくことを願う。また、そうでなくてはならない。
最後に、校長先生、濱崎先生、淳一先生、去石先生、ありがとうございました。また、保護者の皆様、OB会の方々御世話になりました。私が何処の高校に転勤するか分かりませんが、いつか何処かのチームで、宮古高校に勝てるチームを作りたいと思います。そして、3年生の皆さん、私の方が様々なことをあなたたちから学びました。ありがとう。去りゆく宮古高校ラガーマンの、大いなる飛躍を祈っています。
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| ■いつまでも夢を |
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顧問 鈴木 淳一
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高校でラグビーの指導をしたくて高校教員になって20数年、今年度ほど目標に向かって強い気持ちで取り組むことができた年はありませんでした。宮古高校の素晴らしい伝統、環境、その中で純粋にひたむきにラグビーに取り組んでいた3年生を中心とした部員達。本当に私も楽しく過ごせた1年間でした。大きな夢である花園出場は次年度以降に持ち越されてしまったが、壁は大きければ大きいほど乗り越える価値があるし、乗り越えたときの喜びは大きくなるものです。是非来年はその壁をぶち破り喜びを爆発させることができればと思っています。
私の教員のスタートは千葉県の高校でした。そこでゼロからラグビー部を発足させました。練習グランドもなく、ボールやダミーは自分の大学の使い古しのものをもらってきて練習を始めたものでした。しかし、生徒達はラグビーに強い興味を持ち、一生懸命ラグビーに取り組んでくれました。大会にでるまで一苦労、ようやく最初に始めた生徒が2年生の新人戦の予選リーグに初めて出場できました。もちろん勝利にはなかなか届かず、初戦は大量78点を取られ敗れました。しかし、だんだん点数も取られなくなり、翌年の高総体の1回戦で初めて勝利することができました。その時の喜びは生徒も私も忘れません。3年間しかその学校にはいませんでしたが、その時のラグビー部の生徒達とは今も交流があります。
3年生の諸君は、一緒にラグビーに打ち込んだ仲間は生涯の友になります。いつまでも、昨年花園に向けて懸けた情熱と同じくらい強い友情を持ってつき合っていってください。そして自分の夢をいつでも持ち、それに向かって努力していってください。
私も夢をずっと持ち続けていて本当によかったと思った1年でした。その夢は宮古高校にいる間に是非達成し、選手達と喜び合いたいと思います。
この1年、選手だけではなく、父母会の皆様とも本当に楽しく過ごさせていただきました。物心両面における援助にいくら感謝しても足りません。本当にありがとうございました。
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