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卒業生から
 ラグビー
3年D組 山根 真

 私は他人にはよく嘘をつくが、自分には嘘はつけない。だから本当のことを書こうと思う。私はラグビーが嫌い。花園予選で負けてから今まで私はラグビーから目を背けるようになってしまっていた。糠盛君や中居君に何回も練習に誘われたが一回も顔を出さず、
いつもならビデオにとる花園もニュースでしか見なかった。練習嫌いの岩花君が引退してから何度も練習に行く所を見ても、彼らはなんだかんだ言ってラグビーが好きだったと思う。しかし私は、引退してからラグビーとはかけ離れた生活がしたかった。だから私には
この三年間の証である河原グランドを書く資格があるのかどうか分からないが、とりあえず書いてみた。
 私は中三の頃から宮高のラグビー部に入ろうと決めていた。先輩の松本さんの影響もあってか、なぜか私はラグビーというスポーツに魅力を感じていた。それから、ラグビー部に入った私は強く、うまくなろうという気持ちよりも、今日はフィットネスがなければい
いとかそんなことばかり考えていた。だから私は一年の頃からまったく成長していないような気がするし、自分でラグビーをおもしろくなくしてしまっていた。オール岩手の合宿にも何回か行ったがあれはとんだ場違いで、私にとって地獄でしかなかった。最後の試合
の日も後半のほう、私はずっと弱気だった。なにか私と黒北の選手の間には精神面での大きな差があるように感じられた。
 一回戦で負けてしまって後悔していないはずがない。今まで大きなものをつくり上げてきたOBの先輩方や、ご指導してくださった先生方、応援してくれた友達、そしていろいろ迷惑をかけた家族に申しわけない気持ちでいっぱいだ。特におやじとおかんはすごく大
変そうだった。おやじは知らない間に会長とやらにまでなってすごく疲れたことだろう。しかし私は、この借りは必ず後輩が返してくれると信じている。私たちが練習し終わってすぐに帰ってもいつもライトをつけて夜遅くまでがんばっていたお前らなら、きっとやれ
るはずだ。もし、ラグビーがおもしろくないと感じている奴がいるのであれば、それは自分の意識の持ち方でどうにでも変えられるということに気付いてほしい。一緒にラグビーをやってきた後輩が花園という大舞台で強豪を圧倒するところを見るのが今からでも楽しみだ。
 私がこの三年間ラグビーをやってきたことに対して、何らかの意義を感じれるようになるのは何年後になるかは分からない。しかし、いつかはその時が来るはずだ。そしたらまたみんなで一緒に試合でもして朝までお酒でも飲みたい。


 2年分のありがとう。
3年E組 佐々木 真由美

 1年生の12月、私はラグビー部に入部した。何も分からなかった。話もほとんどできなかった。場違いだと思った。でも、全てが新鮮で、仕事も楽しかった。それからの2年間は、部活のことでいっぱいだったと思う。ラグビーのルールやテーピングの勉強もした
し、休日も部室に行かないと落ち着かなかった。気がつくといつも部活のことを考えていたし、ラグビー部の話をするのが好きだった。自分の存在が分からなくなったり、自分が情けなくて毎日泣いた時期もあった。遠征先では、うまくいかなくて部屋で一人で泣いたりした。特に筑波遠征では、分からないことだらけで、心細くて不安だった。それでも、みんなに会うと元気になれた。だからこそ自分なりに仕事をし、乗り超えることができた。みんなはいつも元気のもとだった。みんなのことが大好きだった。
 最後の試合、後半は涙をこらえるのに必死だった。今までの思い出や、後悔、それに「逆転してくれる」という想いで頭の中はぐちゃぐちゃだった。ノーサイドの瞬間から、自分でも信じられないくらい涙がでた。こらえることができなかった。父母会の方たちに会
う度に、申し訳なくて、ありがたくて、涙が止まらなかった。宿に戻っても、次の日になっても実感がなかった。それなのにいつまでも涙は出てた。
 結局私は、何もできなかったと思う。みんなからはいっぱい元気ももらったのに、もっと何かできたはずなのに。今でも後悔はたくさんある。でも、ラグビー部に入ったことで、たくさんの人に出会えたし、色々な経験をすることができた。それに、たくさんの人に
お世帯になり、支えられた。今、感謝の気持ちでいっぱいです。いつも差し入れやあたたかい声援、パワーでラグビー部を支えてくれた父母会の方々。いつもカツをいれてくれた運転手さんの板下さんと前川さん。本当にお世話になった濱崎先生、去石先生。色々なことを学ばせてくれた廣瀬先生。みんなの近くにいてくれた金丸先生。マネージャーについて教えてくれた美紀子さん、築さん。ラグビーの楽しさを教えてくれた先輩たち。頑張り屋の楽しい後輩たち。応援してくれた友人たち。いつも心配ばかりかけてしまったけれど、
反対しながらも最後まで応援してくれた私の両親。そして、自分もすごく大変なはずなのに、いつもまわりに気をきかせてたまーしゃん。すごいおもしろいけど、やる時はやる岩花。人一倍大きい声で、頼りがいのある糠盛。頑張り屋で、照れ屋の古館くん。何かと救われた、優しい中居くん。いつもみんなを癒して、安心感をくれた山真。いつも謙虚でていねいすぎる大浜くん。いつもゆっくり歩いてて、文句を言いつつ頑張ってた角田くん。それぞれ個性的で楽しい8人と同じ3年生で本当に良かった。頭にくることやツラいこともあったけれど、今は、みんなに逢えたことが一番縛しい。
ありがとう。おつかれさまでした。
本当に、ありがとうございました。


 3年間を終えて
3年F組 大浜 友起

 この河原グラウンドを書くにあたって、自分はどのようなことを書こうかと思いました。まず、3年間、大変いろいろなところで先生方や先輩方、クラブの人達に、お世話になりました。この3年間、いろいろありましたが、自分はあまり体力がなく、それに運動神経がそんなによくなかったと思うので、練習についていくのが厳しいときがあったと思います。そのようなときをのりこえて、今日になったことは、自分の自信につながることでもあると思うので、とてもよいことだと思いました。
 3年間、いろいろなことがありましたが、3年生のときには、病気をこじらせて、入院してしまい、大変迷惑や心配をおかけしたこともありました。しかし、そのようなこともあったおかげで、入学以前よりそれなりに、強い気力や、体力をもつことができたように
思っています。今考えると、長いようで短い3年間であったように思っています。
 高校3年間で、学ぶことができたことを精一杯生かしてこれから頑張っていけたらと思っています。3年間、ありがとうございました。


 無題
3年H組 角田 正晴

 自分は、このラグビー部に入って、自分が3年間ラグビーを続けられるとは思っていなかった。2年生のころは、試合に出ても何をすればいいかわからず、ラグビーがおもしろくない時期もあった。
しかし、自分達の代になってこんなことは思わなくなり、自分がどんなプレーをすればいいのかもわかってきた。自分達の代になってからの一年間は充実していたし、あっという間に終わってしまった。
 花園予選初戦の日、相手は黒北だった。自分は、この試合は絶対に勝ちたいと思ったし、勝てると思った。しかし、いざ試合をしてみると、ミスもして、流れも悪くて、結局自分達のプレーができずにあっという間に、試合が終わってしまった。この瞬間負けたとい
うよりも先輩や先生に申し訳ないという気持ちが多くあった。今思うと試合が始まる前から油断して絶対勝てると思ってプレーしていたから負けたんだと思う。だから後輩には花園に行ってほしいし、いくだけの力はもったチームだろうと思う。チーム一丸となって花
園に行ってほしいです。
 最後に、こんなダメな自分に指導してくださった濱崎先生、去石先生、金丸先生、廣瀬先生、共にがんばったラグビー部員、影で支えてくれた父母会の皆さんに大変感謝したいと思います。大変充実した三年間を送れたのもこの方々のおかげだと思っています。これ
を糧にこれからの人生がんばっていきたいと思います。今まで本当にありがとうございました。

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