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 「無題」
キャプテン 3年C租 斉藤 昌弘

 まず、裕甫。裕甫は誰にも負けない心の強さと、良いタックルをもっています。それらを活かしつつ、FBなんだからもっと声を出してチームを引っぱっていって下さい。
 次に、秀樹。秀樹は今のまま、ガムシヤラにムチャクチャのほうが自分を活かせるので、そのままがんばって下さい。ただし、遅刻はしないこと。
 雄大、お前は目上の人にちゃんと挨拶をすること。自分が宮高ラグビー部であることを忘れずに、しっかりとした生活態度をとること。
 若狭。若狭は持久力があって、よく走れるのだから、川井に伝わるサポートプレーをみせて下さい。まずマロを目指して。
 次、清文。清文は山真をバカにしたり、ステージ上で生徒達を笑わせたりすることができる大胆さを持っています。ラグビーでも、もっと積極的に大胆なプレーを見せて下さい。ビビらずに。
 豊間根。お前は持久力をつけなさい。せっかく短距離走はいいんだから、冬場走りこんで60分疲れない体力をつけて下さい。
 森田。永田はまわりの評価を気にせず、努力して下さい。絶対にいい結果がでるはずです。期待してます。
 泰成。泰成は体も恵まれて、いいプレーをしています。もっとチームを引っぱって達矢を助けてやって下さい。
 葵。お前は、自分のプレーに自信をもちなさい。ミスをしても、次取り返してやるっていう気持ちをもって、プレーをして下さい。
 剛。剛はイイ足をもっています。7人制のときにみせた独走トライを15人制でもできるハズです。しっかりヒザを治してがんばって下さい。
 信輔。お前はイイ体をしていて、持久力もあるんだけど問題は短距離です。あの強さにスピードが加わったら、かなりビビられると思います。スピードをつける練習をがんばってみて下さい。来年が楽しみです。
 深澤口は、オレから注文をつけることは特にありません。ただし、マニアックなゲームやマンガは控えめに。
 翔太。翔太は良いキックをもっています。また、相手のFWを倒す気合いのタックルをもっています。チームの指令塔として声を出し、ゲームを作って下さい。
 そして達矢。キャプテンという立場は、はっきり言ってめちゃくちゃ大変です。お前にはリーダーとしての厳しさはあるけど、まだチームメイトヘの優しさ、配慮が足りません。これから一年、花園へ行くのはお前次第です。俺は情けないキャプテンだったけど、達
矢にはがんばってほしいと思っています。大変な立場だけど、最後までがんばって下さい。
 最後に加地。マネージャーは、本当に大変だと思います。まして30人近くの世話を1人でするのは、きびしいかもしれません。でも、マネージャーはチームの雰囲気を左右するチカラをもっていると思います。何事にもくじけず、チームのサポートがんばって下さ
い。
 そして、私達9人へ最後まで期待をよせてくれた濱崎先生、本当に申しわけありませんでした。また、廣瀬先生、金丸先生、去石先生ありがとうございました。他にも父母会の皆様、家族、マネージャー、そして何より俺以外の3年の部員に感謝します。ありがとう。


 河原グラウンド
バイスキヤプチン 3年C組 岩花 憤也

 僕連は、三年間河原グラウンドでラグビーをした。多くの先輩、後輩と一緒に。
 ラグビー部に入部したのは、中学校の時、少しだけラグビーをやっていたということもあったが、ほとんど勧誘されたから入部したようなものだった。信じられない勧誘のしかただったが、それを今明かすことはできない。それはまだ少し先の話だ。
 いろいろな思い出がある。夏、信じられないくらい練習がつらかったこと。冬、寒さで動かない体をむりやりうごかして練習したこと。閉伊川の増水で、川がはんらんしたとき、コンタクトバック救出のため危険をかえりみず川に飛び込んだこと。でも一番の思い出
は、廣瀬先生に3発も殴られたことだ。あの体から繰り出されるパンチをくらった。思い出に残るはずだ。今だに、なぜ殴られたかは分からないままだ。分かっているのは、廣瀬先生がそのとき、「communicationだー」と叫んでいたことだけだ。
とりあえず、河原グラウンドでは、毎日いろいろなことがおこっている。
 この3年間すごく楽しかった。楽しかったというか、おもしろかった。1・2年生は、夢に向かってがんばって下さい。応援しています。


 無題
バイスキヤプチン 3年C組 糠盛 俊介

 私達三年は、一回戦負けという結果に終わってしまった。引退してみれば、長かったようで、短かった三年間だったような気がする。
そこで入部当時を振り返ってみましょう。
 応援練習がいやだったので、ラグビー部に入れば、大丈夫という話を聞いていた私は、軽い気持ちで入部をしました。一年のころは、一本目に入れるように、三年相手にがんばっていました。だけどやっぱり無理でした。
 二年になって、東北大会などにも出場したり、貴重な体験をしました。特に春の遠征では、コンタクトプレーに自信がついて、それからは、ウェイトトレーニングをほとんど毎日やりました。そしたら75キロだった体重がいまでは100キロになりました。
 そして三年になり、七人制の全国大会に出ることができました。負けましたがよかったです。そして夏に、菅平では、慶応や、仰星などの強豪などとやらせてもらって、オール岩手では天理、報徳とやり、いろいろ学ぶことがありました。
 そしてついに、花園予選。相手は黒北で絶対負けないとみんな思っていたが、終わってみれば一回戦負け。高校生活でのラグビーが終わりました。
 最後に、今の二年は必ず花園へ行ってくれると信じています。がんばってください。一年はそれに休まずちゃんとついて行けはいい結果がまっていると思います。そして、濱崎先生、去石先生、金丸先生、船越コーチ、OBのみなさん、ありがとうございました。


 宮高ラグビー
3年B組 古舘 嗣仁

 10月6日、ノーサイドの笛と共に、自分の宮高ラグビー部としての活動が終わった。そこは、決勝のグラウンドでもなく、花園のグラウンドでもなかった。ノーサイドの瞬間、自分は負けた、終わったと思わなかった。むしろこの時自分は、あるはずもない次の大
会を期待していた。負けたという実感がなかった。現実を理解し始めたのは、ベンチに戻った時だった。ロッカールームでスパイクを脱いだ時にはもう涙が出ていた。その涙は止まることがなく、ずっと出ていた。終わったんだと実感した。
 今思ってみると、自分は、宮高ラグビー部でラグビーができてよかったと思っている。日々の練習はきついものだったが、3年間頑張ることができた。1年の時には、食べることが嫌だった。限界以上に食べさせられた。地獄だった。しかし、今思えば、あの時の努
力があったからこそ、今の自分がいると思う。2年の時には、何度か試合に出ることができた。菅平遠征では、1本目、2本目と全試合に出場した。1日4試合は、きつかったが自分の自信にもなった。
3年では、FWリーダーになり、チームに頁献することができた。タックルも以前より精度が増し、いつの日かボールに飛びついていた。セービングをするようになり、おかげで体中は傷だらけだった。チームも日がたつにつれて強くなり、まとまっていったが結局4位だった。それ以上、上にはあがれなかった。一番印象に残っている試合は、3年の県民での3位決定戦だ。正直、ここでもう辞めたいと思っていた。やるせない気持ちだった。だが、あそこで辞めなくて良かったと思っている。花園予選では1回戦で負けたが、悔いのない試合ができたからだ。しかし本当は、ベストメンバーで試合をしたかった。
後輩には花園に出場して欲しい。2年は、やる気があるし、1年は2年についていって欲しい。君達なら絶対にいける。そう信じて、日々の練習に力を入れて欲しい。
 最後に、濱崎先生、去石先生、廣瀬先生、金丸先生、OBや父母会の方々、3年間ご指導いただきありがとうございました。宮高ラグビー部で学んだことは、これからの進路に生かせるよう、日々努力していきたいと思います。ありがとうございました。
 そして、岩花君、まーしゃん、糠盛、中居君、山真、大浜、角田君、まゆ、3年間ありがとう。君達と本当にラグビーができてよかった。君達がいてくれたからこそ、自分は大きく成長することができたし、がんばることができた。本当に感謝している。たくさんの
思い出をありがとう。


 無題
3年D組 中居 祥朗

 オレはラグピー部が嫌いだった。特にラグビー部の考え方が嫌いだった。何かすればトップになる。あれはオレのやる気をなくさせる最大の問題だった。本当にやめたかった。三年間ずっとやめたかつた。でもやめなかった。それはラグビー部ではなく、ラグビーと
いう男の熱いぶつかり合いが好きだったからだ。ラグビーは本当に好きだった。仲間も好きだった。いくら弱いって言われても、あの仲間とラグビーができてよかった。
 オレにとって、花園予選はあまりいい思い出はない。むしろ、オレが一番輝いていたのは秩父宮だろう。あの大舞台でトライしたとき、あの喜びは一生忘れないだろう。そして、いつまでもオレの自信になる気がする。
 後輩へ一つ。たくさん恋をしていいと思う。たくさん恋愛していいと思う。でも、ラグビーはあんまりうまくなんないぞ。
 最後に、オレにラグビーを教えてくれた金丸先生、生活面をたたきこんでくれた濱崎先生、かげで支えてくれていた父母会の方々、本当にありがとうございました。

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