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■エンジの魂いつまでも |
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ラグビー部父母会会長 山根 憲二
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会長の大役をお引き受けしようかどうか悩んだあの頃から早いもので、もう1年が過ぎようとしております。
今の3年生徒が入部した時は、16名でした。この人数で皆で力を合わせて頑張ってくれるだろうと思っておりましたが、残念ながら3年生になると半分の8名になりました。退部したいという気持ちは、私の子供にも何度となくありました。その度「今やめたら何にもならない。中途半端だぞ。やれるところまで頑張ってみろ。」と
励ましたものです。
そのようななかで、今シーズンの成績は5月の高総体で1回戦は黒沢尻北に勝ったものの、盛岡工業に敗れ、その後は盛岡工業の壁が厚く、良い成績は残せませんでしたので、皆さんの応援に応えることができずに残念に思っておりました。
毎日のように仕事帰りにはグランドへ立ち寄って、練習を見ることが楽しみとなっておりました。濱崎監督をはじめ、コーチの先生方のご指導で暗くなるまで、真っ黒になって練習に励んでいる姿を見て、いつも胸がいっぱいになりました。
「3年間良く頑張った。ご苦労さん。」と8人の一人ひとりに言ってやりたいと思っています。
今シーズンの締め括りとして、新人戦が宮古の老木グランドで行われました。3位決定戦では釜石南を破り、いわき市で開催の東北大会への出場権を得ました。1回戦では秋田中央を破り、2回戦進出。三本木農業には敗れたものの、3位決定戦で山形南を破った戦
績は大変立派で、溜飲が下がる思いでした。1、2年生は、この経験を生かして、来シーズンは、3度日の花園出場を実現できるよう頑張っていただきたいと思います。
3年生は、これから進学、あるいは就職と進む道は違っても、実社会では、それぞれにいろんな壁にぶちあたることになろうかと思います。その時こそ、宮古高校ラゲピー部で鍛えられ、培った精神力と体力と、エンジの魂で立ち向かい、乗り切ってください。
子供が1年生の時、PTAの最初の会合で濱崎監督とお話したことが昨日のことのようによみがえります。監督は 「勝負に勝つことにこしたことはないが、部活動も教育の一環であり、最終的には良い社会人になってほしい。」というような内容のお話でした。私も
同感であり、感動したことを思い出します。今までご指導いただきました濱崎監督、去石部長、佐々木先生、金丸先生に心から感謝申し上げます。
れから、OB会の皆様、河原の会の皆様、遠征の度にマイクロバスを運転いただきました前川さん坂下さん、関係者の皆様ありがとうございました。今後とも引き続き、ご支援ご協力をお願いいたします。
なにより、マネージャーの佐々木真由美さん。暑いときも寒いときもグランドに立っていただき、親身になって選手のお世話いただき、ありがとうございました。心からお礼申し上げます。「本当にありがとうね。」
最後になりましたが、父母会の皆さん。3年間子供達の応援や父母会の事業にご協力いただきましてありがとうございました。行き届かない点があったと思いますが、子供達選手達と花園への夢を一緒に追い続けた時簡に免じまして、お許し願いたいと思います。
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| ■引退の日に |
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宮古高校ラグビー部父母会 斉藤紀子
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恐る恐る覗いたグラウンドには、みんなの夢が揺れていた。
流れる汗が虹になり、大空にキラキラと輝いていたあの日。
九人の小さくて大きな力が偉大なスクラムとなる日を願わずにいられなかった。
今、その肩先を通り過ぎて行った風に君らは何を想うだろう
果てしなく遠い夢を追い続けたあの日 共に汗を涙を流した日々
今、その瞳の先に輝く光に君らは何を告げるのだろう
果てしなく遠い海へと漕ぎ出す勇気 君らが君らであり続ける為の想い
忘れないでいて欲しい 君らが辿ったあの空を
忘れないでいて欲しい 君らが望むその夢を
マロ:いつも明るい君の笑顔が救いでした。
シンヤ:かっこ良いキックでした。
マサヒロ:気配り、これからも忘れずに。
ヌカ:正に猪突猛進でした。
ナカイクン:ステップが冴えていました。
ヤマシン:根性のヒップトライ忘れません。
オオハマクン:冷静な判断力が武器でした。
カクタクン:いざという時、頼りになりました。
そして、
マユ:いつも孤独にじっと耐えていた後ろ姿に胸が詰まりました。八人の背中を三年間見つめてくれていたあなたに心からありがとう。
そして、みんなに ありがとう。
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| ■宮古高校ラグビー部の子供連夢と感動をありがとう |
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宮古高校ラグビー部父母会 岩花 隆子
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私たち父母にとってもあっという間の3年間でした。昔には氷を運び、大雨でグランドが浸水して、土砂が流入してだめになったとき、整備を手伝いました。親同士もだんだん仲良くなって、応援に駆けつけるのが楽しくなってきました。ルールは、子供に聞いても、
競合を見ていても、なかなか最初のころはチンプンカンプン。
「押せ押せ!」 「つづぶせ!」「タックル!」「行け行け!」
「走れ!」「いいぞ!」「ナイストライ!」「ナイスタックル!」
初めは、怪我を心配していましたが、次第に大きな声で応援しているうちに、興奮して自分たち親たちもグランドにいるエンジのジャージの子供たちと一緒に戦っていました。
花園予選にむけての必勝祈願の千羽鶴づくりもおしゃべりしなからとても楽しかったです。父母会で分乗して駆けつけた各大会での一齣、一齣。バスでの遠征への夜の見送り。今、いろんなことか思い出されて胸がつまる思いです。書きたい思いはいっぱいありますが文書になかなかできません。
3年前、何がなんだかわからずラグビー部に入り、グランドの脇でうろうろしたり、様にならないパス練習をしてた子供たち。そんなみんながサインを出して変幻自在にいろんな攻撃を見せてくれました。すごい上達ぶりでした。そんなみんなが、今度は私たち親
元から、旅立とうとしています。3年間のとても苦しかったこと、すごく楽しかったこと、ラガーマンとしての鍛え、育まれた心を忘れずに大きく、大きくはばたいてほしいものです。頑張れ!
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| ■一人の娘と八人の息子へ |
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父母会 中居 貞光
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平成11年度ラグビー部 新人部員男子14名女子マネージャー2名、先輩達や父母会の期待を背に大きな夢にチャレンジと思いきや思い半ばで男子6名 女子マネージャー2名がグラウンドをあとにしました。
残るは男子8名 この息子達が3年生になったとき信頼出来る女子マネージャーがいなかったら、8人の息子は初一心貫徹を成し遂げることが出来るのだろうかと不安を持ちました。
『一人の娘へ』
真由美さんが剣道部から移籍しマネージャーとし来ていただく事となり、当時は父母としてただ安堵の思いだけでした。
いざ、自分達要の新人戦から始まり高総体、県民大会いずれも自分達の思うような結果を得ることができず挫折寸前のこの8人。
真由美マネージャー奮起、三年生を今一度団結高校生活最後の戦い花園予選まで導いて【挑戦することを恐れず結果を恐れず】くれたのは、佐々木真由美さん父母として感謝します。
『息子達へ』
新人戦から高総体、県民大会 菅平遠征 釜石遠征 そして花園予選までの一年間、楽しかった思い出より、辛く挫折感のほうが重くのしかかり、ラグビー生活三年間の内で正に試練の年でしたね。
長い人生に於も味わう事の少ない良い意味ですばらしい経験が出来たと思います。この一年間の試練は、将来それぞれ個人々において何らかの糧となることとおもいます。
数年後、あの辛かった思い出も楽しかった思い出として語り合える仲間でいてください。
最後に、この三年間沢山の夢と感動、そして涙さらには親へ未知の世界へのご案内感謝します、東北各地の国見は無論、第四回高校セブンズラグビー選手権大会 平成13年3月31日 東京江戸川ラグビー場へ 翌4月1日には 憧れの秩父宮ラグビー場でのボールトーナメント三位決定戦 等々 君たち息子がいてはじめて足を運ぶことが出来た都、親としても沢山の経験と沢山の人々との出会いができたことも感謝します。
この三年間本当にご苦労様でした。心より三年間ありがとう。
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