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■「河原 3年生へのメッセージ」
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宮古高等学校ラグビー部 濱崎 浩秋
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古館 嗣仁
55kgで入学。ラグビーに取り組む姿勢・やる気は人100倍。75Kgで卒業。ひたむきなタックルやセービイグなど、泥臭いプレーでチームに貢献してくれた。
岩花 慎也
2年次からウイングとして活躍。3年次は主にセンターとして、当たりが強く、簡単に倒れない。FWみたいな突進が見事だった。母に感謝の気持ちを持て!
斉藤 昌弘
ケガとも戦いながら、今シーズンキャプテンという重責を見事に果たしてくれた。この経験は必ず自分のものになる。大きな声でみんなを引っ張ってくれた。
糠盛 俊介
宮高唯一のオール岩手。持ち前のパワー炸裂。キープレーヤーとしてチームを引っ張った。帝京大学で、さらなる飛躍に期待します。みんなが注目して観ている。
中居 祥朗
巧みなステップが売り物。セブンズ全国大会白石工業高校からの逆転2トライは一攫千金物。また、ハーフの位置からラインアウトのジャンパーは真似できない。
山根 真
オール岩手合宿参加。スクラムの強さは定評があった。高総体では盛工のスクラムを押した。基本的生活態度も良好で思いやりに厚い。大学でもその精神を忘れずに!
大濱 友起
テヤンデーの愛称でみんなに親しまれる。妥協のないトレーニングで基礎体力の鬼となる。大器晩成の大濱が見事に咲いた。センター試験もかなり高得点。
角田 正晴
2年次のプロップからロックに転向して開花宣言。基本プレーが得意でみんなの模範となった。切れ味鋭い?角田ステップでFW周辺をゲインした。
佐々木 真由美
途中からマネージャーとして入部。その仕事ぶりはすばらしかった。安心してまかせられる。周囲から信頼される看護婦を目指せ!
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| ■「花園」 |
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去石 淳
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平成13年3月、宮古高校の勤務が決まり、その打ち合わせにきたとき、ラグビー部は秩父の宮にいた。前任校で2年ラグビーから遠ざかっていた私は、ラグビーとの再会に心ときめかせていた。
4月から河原グランドに顔を出すと、大きな目様に向かって練習に励む姿があった。威勢のいいあいさつに始まる礼儀の素晴らしさ、練習に取り組む姿勢等、花園を目指しているチームは違う。私も高校時代は花園出場を目標にしていたがそれとはやはり違う。
8月、シーズン初めての公式戦。準決勝の盛工戦では敗れはしたが、必死のディフェンスは、花園へ向けて大きな収穫であった。宮古のタックルを見ることができた。
夏、県民体では盛工に大敗。しかし、修正を誓った菅平(私は残念ながらついていけなかったが)では強豪校との戦いで大きなものを得た。
そして、花園予選準々決勝。それまで、花園を目標にしてきたシーズンは終わった。私は芝の上で泣きじゃくる選手達に声がかけられなかった。この一年は決して楽な一年ではなかったと思う。けが人も多くポジションが変わることも度々あった。しかし、そのなかでも目標をもち続けここまできた。周りの友達が部活動を引退しても秋まで頑張ってきた。花園出場を達成する全国でも一握りのチームにはなれなかったが、努力してきたことを誇りに思って欲しい。私は1年間しか接することはできなかったが、3年間宮古高校ラグビー部を貫き通したという事実はこれからの君たちの大きな財産である。 (案外自分たちは当たり前のように思っているかもしれないが、外からきた人間がみれば本当に立派だった。そうさせた環境はこれまでの先輩たちが作り上げてきたものだけれど、君たちもそれを継承したのだ)
君たちが最後まで持ちつづけていた大きな「花園出場」という目標は、後輩たちに確実に受け継がれています。卒業してもその姿を見にたまには河原グランドに足を運んでください。待っています。
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| ■「1年を振り返って」 |
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金丸 健
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一昨年に引き続いて、宮古高校ラグビー部に携わることができました。昨年は、足の骨折などでまともに練習に参加した時時期は少なく、ラグビー部に多大なご迷惑をおかけしましたことお詫び申し上げます。
この1年を振り返ってみますと、選手達は花園を目指し練習に励んできたものの、夢を現実にすることはできませんでした。しかし、今年こそは、花園出場の権利を勝ち取ってくれるものと思っております。
また個人的には、父母会、OB会の皆様と接する機会が増え、部活動の運営について多くのこと学ぶことかできました。卒業する選手達には、宮古高校ラグビー部で学んだことを忘れずに過ごしていってくれることを期待しています。
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| ■「楕円のボールに青春をかけた若者たちへ」 |
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第3顧問 佐々木 勝宏
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「えっ、もう卒業するの。早いなあ。」と感じています。3年前、宮古高校に赴任した年の新入部員がみんなでした。可愛らしい中学生らしさが残っていながらも、理科講義室の最初の部会で大きな声で、自己紹介をしていました。2度日の花園出場した後、直近の新入部員にしては決して多い人数とは言えませんでした。どんどん仲間が減って行って、最後は8人になりました。疲れて来てもひたむきにボールを追う姿や、練習メニューが変わる間際のお互いの激励の仕方など、どんどん斉藤君の代らしさが出て来ました。授業や推
薦入試のお手伝いができませんでしたから、直接ラグビーを教えることができない私と皆の接点は薄いのに、どこであっても元気に声をかけてくれました。有り難く思っていました。
いつもにこにこしているスマイル(マロ)こと古館君。学校に通うことも大変なのに、よく頑張ったよね。管平で一緒に病院いった時あたりを境目に、心身共に逞しくなっていくのが良くわかりました。フオワードリーダーもお疲れさまでした。岩花君。さすが臨機
応変のバイスキャプテンぶりでした。グランドでのまとめ役、熱くなる糠盛君や中居君との連携や、斉藤君とのパイプ役。怒ってみせたり、じゃれてみたり、後輩への指導アドバイスも的確でしたよ。マーシャンことキャプテン斉藤君。怪我もあってグランドにスタメ
ンで出れなくて歯痒いおもいをしても腐らず、前向きでチームのことを第一に考え、よくまとめてくれました。対戦校へのあいさつ、戦力分析、時には自ら試合を録画したり。ばらばらになりかけた時に、よく8人の力と心をひとつにしてくれました。みんなの性格、
考え方、長所短所よく知ってますよね。お疲れさまでした。チーム一の元気者。もう一人のバイスキャプテン糠盛君、大きな声でフォワード陣に指示を出し、状況判断をうまく伝え、突破口を作るなど、大活躍でした。株父宮でのゴールキックかっこよかったよね。君のお陰で2年生もどんどん食べられるようになりました。バックスリーダー中居君。チームのゲームメイクご苦労様。足の状態が完璧でなくてもチームの逆境を救うキックが何本もありました。前歯が折れた時だって物凄く痛かったはずなのに、セブンズの時も華麗なプレーを随所に見せてくれました.ステップが一品。ヤマシンこと山根君。優しいラガーマン。愛らしくもあり、「抜けろ。それ!行け!」とつい声を出して応援してしまうことが多かったです。頼もしく、皆の緩衝地帯的役割を嫌なときもあったでしようが我慢してうまく果たしてくれました。「偉い。」大濱君。忸怩たるものが沢山あったはずです。3年間お疲れさま。後輩たちにもその真摯さは一目置かれていましたよ。推薦で大学が合格してから、私のところまで報告にきてくれました。握手した手かラグビーやってたときよりも柔らかく感じました。水産業は、宮古の基幹産業です。是非皆が夢を持てるように、突破口を柔軟な思考力と判断力で、切り開けるよう、稔りある研究をしてほしいです。角田君は、ほっとさせる温厚そうな普段とは違って、ベンチに戻ってくる時の形相が壮観でし
たよ。闘志が滲み出て伝わって来ました。ここぞって言うときやつてくれました。頼りになる存在感がありました。
最後に真由美さん。途中から入部してくれて主務をしっかりやってくれました。2年には主務がいませんから加地もよく育ててくれました。8人の同級生選手をよく支えてくれました。この[河原グランド]さえもあなたの尽力がなければ途絶えてしまうところでし
た。
みんなと筑浪合宿にも、桜に雪の舞う東京のセブンズの全国大会にも、霧に包まれすぐに相手が見えなくなってしまう菅平で物凄く強いチームにも臆せず果敢に挑戦して行く姿も見ることもできました。沢山のいい思い出をもらいました。
「インサイドショルダー。」が口癖になるほどだったブライアンや、ラグビー指導者を目指す我が部OBの金丸先生の丁寧かつ熱心なご指導と、濱崎監督と去石部長のお二人に、そして廣瀬謙三前部長の先生方に直接ご指導いただけた邂逅に感謝して、これからも前
に進んでください。前に展開してください。
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