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| ■ラグビー |
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2C 糠盛 俊介
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オレは、この一年ラグビーが好きだった。ラグビーの事をするなら何をしても楽しかった。その理由は、「三年生」がいたからである。オレは、ハッキリ言って、「三年生」が好きだった。そんな「三年生」が引退する時がやってきた。
十一月五日、花園予選決勝。前半二十分までは、互角だった。しかし、前半二十分をすぎたとたんに、何かが途絶えたように、たてつづけにトライをされ、とりかえしがつけられない点差まで広がっていた。しかし、誰もあきらめてはいなかった。前へ前へ出るタックルが印象でした。そのひたむきなプレーが最後のトライに結びついたのだと思います。そのトライは自分達後輩の目に焼きつきました。その途端にノーサイドの笛。
結局花園に行くことはできなかったが、どんなに相手が大きくても、どんなに相手が強くても、あきらめずに前へ出れば勝てるということを教えてくれました。
今年のチームは去年のチームよりも弱いかもしれないけど、決勝で見せてくれた、「タックル」で花園を目指してがんばっていきます。
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| ■編集後記 |
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学技の授業が終わると、ジャージに着替えグランドヘ行き、
夏の太陽の下で、雨の中で、水が凍る真冬の中で、泥だらけ傷だらけになりながらの毎日でした。
時に喧嘩し、自分の・チームのプレーに悩み、遅くまで練習し、怪我で練習ができなかったり、壁にぶつかり涙を流し、みんなで語り笑い、そんな波乱万丈な一日一日の三年間でした。その一日の積み重ねは、私達にとってとても大きな財産になったと思います。
私達の代から部員数が減りましたが、伝統の「エンジの魂」をしっかり受け継ぎ、そして次の代につなげたいと皆が思っています。
父母のみなさんやOBのみなさんのあたたかい助けは、マネージャーの私にとって本当に心強いものでありました。たくさんの人達の愛情と支援から、私達はこの3年間ラグビーに打ち込めたのだな と、改めて思いました。
引退して、自分達が3年間を通して経験したこと、学んだことの、それぞれが伝えたい気持ちがつまった河原グランドになったと思います。
忙しい中、河原グランドをつくるにいたってのご協力、ありがとうございました。
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| ■続・編集後記 |
廣瀬 謙三
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島田先生の転勤に伴い、昨年度から「河原グランド」を編集することになりました。
生徒達の文章をワープロに打ち込む結構大変な作業を3年生のマネージャー(美紀子や築)が1〜2月中に仕上げ、その他、写真の挿入や編集を私が行いました。時間がなくて(これを書いているのが2月23日<神戸製鋼とサントリー両者優勝>?)例年並みに仕上がったかどうか。
今回の平成12年度版で第9号となります。創刊号3年生13名の文章から始まり、毎年、卒業生が3年間の思いを素直に文章に記してきました。多感な高校3年間を「ラグビー」というスポーツを生活の第一に据えて、その中で、いろいろな経験や体験を通して学び成長した跡が見てとれ、我々指導陣も読みながら、確認・反省・感動を共有しています。
さて、今年度も8月中句に菅平(4年連続)に遠征に行って来ました。昨年度、日本一になった「東海大暁明」さんとも今までと何ら変わらず練習試合を組んでいただきました。これまでの先輩たちが残してくれた財産の一つだと思います。また、宿舎は「ホテルやまびこ」(JAPAN・高校JAPANの常宿)になったのですが、そこの支配人の方が「礼儀」「物の整頓」等、今まで見たことがないほど立派な生徒だとおっしゃっていました。濱崎先生と二人非常に鼻が高くなる思いでした。卒業生には今後とも今まで通り普段心掛けていたことを忘れずに、実行しなさい。
最後に生徒が3年間心おきなく取り組んでこれるのも保護者の方々・OB・父母OBの方々のおかげです。今後とも、変わらぬご支援をお願いするとともに、この場をお借りいたしまして、感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
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